【よくある誤解】成年被後見人は「遺言書」を書くことができない?
『成年被後見人は「遺言書」を書くことができない』
これは間違いです。このように「被後見人は遺言書を書いても無効になる」といった、後見制度に対して誤解をしてしまっている人がいます。成年被後見人(または被後見人)とは、判断能力が下がり成年後見制度を利用した人のことです。サポートする人を成年後見人(または後見人)といいます。
詳しくは『【初心者向け】成年後見制度が3分でわかる!成年後見人でもある司法書士がわかりやすく解説!』でご紹介しております。
これは成年後見制度を勉強した人ほど陥(おちい)る間違いです。
「判断能力がない人のした行為は無効になる。だから成年後見人をつけて、本人に代わって行為をしてもらう。判断能力のない被後見人のした行為は無効だ。
不動産の売却も、アパートの賃貸も、介護サービスの依頼も、老人ホームの入所契約も、判断能力がなければ無効になる」
※正確には取り消すことができる行為になるのですが、わかりやすくするために無効という表現をしています。もちろん判断能力が全くない人がした行為は無効です。
ここまでは問題ないのですが、この考え方をすべての行為に杓子定規(しゃくしじょうぎ)に当てはめてしまうと、間違った結論になってしまうことがあります。その代表例が冒頭で紹介した遺言書でしょう。
そこで今回は、成年後見制度を利用するに当たって誤解しやすい点についてご紹介したいと思います。
1 成年後見制度に対する勘違い
判断能力がない人(被後見人など)が、有効に「契約」や「取引」をするためには成年後見制度を使う必要があります。これは裏を返せば、判断能力のない人は有効に契約をすることができないということです。
このことが多くの人に誤解を植え付けてしまっています。しかし、たとえ被後見人であっても「ひとり」で有効にできる行為もあります。それが次の行為です。
- 遺言書
- 婚姻・離婚
- 養子縁組・離縁
など
それぞれ詳しく見ていきましょう。
2 成年被後見人と遺言書
成年後見制度を利用した人(被後見人)も遺言書を書くことができます。この点については専門家でも勘違いをしている人がいます。
遺言書のルール(民法)を見てもらえばわかりますが、被後見人が遺言書を書くことができる前提でルール作りがされています。遺言書とは、その人の最後の想いです。これを尊重したいと思うのは法律も同じです。
たしかに、被後見人になると「いろいろな行為」に制限がかかってしまいます。
- ものを売る、買う
- アパートを借りる、貸す
- お金を借りる、貸す
- 相続の放棄をする
- 建物を新築する、改築する
など
これらの行為を完全に有効にするためには成年後見人のサポートが必要になります。そのことから「遺言書」も他の行為と同じように考えがちですが、そこに落とし穴があります。
成年後見制度についてのルールを見ると、「被後見人の行為は取り消すことができる(以下、「無効条項」と呼びます)」とあります。これが勘違いを引き起こす原因です。
しかし、ルールには「さまざまな例外」がつきものです。次は遺言書のルールを見てみましょう。
「無効条項は、遺言については適用しない」
これは被後見人の書いた遺言書でも、成年後見人はそれを取り消すことはできないということです。つまり、被後見人もひとり有効に遺言書を書くことができるのです。
遺言書の大原則のルールを思い出してみましょう。
「15歳に達した者は、遺言をすることができる」
要するに、満15歳になった者は、「未成年者」「被後見人」「被保佐人」「被補助人」であっても遺言書を書けるということです。
【注意】
遺言書を有効に書くためには「遺言能力」は必要です。
遺言能力とは、遺言書の内容を理解することができる程度の意思能力とされています。
「ん~、よくわからない・・・」
曖昧な定義でよくわかりませんよね。最終的には個別に判断するしかないのですが、かんたんに言ってしまうと「自分が死んだら、(遺言書に書いてあるとおりに)この財産はこの人に、あの財産はあの人に引き継がれる」とわかっているということです。
【ワンポイント】
ここでの「遺言能力」とは一律ではなく、複雑な(遺言書の)内容であればそれを理解するのは大変なので、高い判断能力が必要になりますし、内容が単純であれば判断能力が低くても理解できるので、判断能力が低くても「遺言能力」はありと判断されることになります。
ここまでをまとめると、被後見人も遺言書を書くことができますが「遺言能力」は必要です。そのため、この遺言能力があるのかどうかを客観的に明らかにするために被後見人が遺言書を書く場合には、
「医師2人以上の立ち合い」
が必要というルールになっています。そして言うまでもないと思いますが、遺言書は本人の想いを実現するための制度ですので、成年後見人が代理して遺言書を書くことはできません。
3 成年被後見人の婚姻と離婚
「婚姻(結婚)」や「離婚」は身分行為と呼ばれ、本人の気持ちが何よりも大切になります(身分行為という言葉を覚える必要はありませんよ)。
成年被後見人の結婚
そのため被後見人が「結婚」の意味を理解し、本当に「結婚」を望んでいるならそれを否定をする理由はありません。
ですので、被後見人であっても(夫婦関係を作りたいと思えば)自分ひとりの考えで結婚をすることができます。
成年後見制度とは「成年後見人」が本人に代わって行為を行い、本人をサポートするものです。かんたんに言ってしまうと「成年後見人が本人に代わって契約書にサインをすることができる仕組み」ということです。
成年後見人のサポートは「本人(被後見人)の意思」を尊重しながら行いますが、「後見人」自身の考え方が大きく影響してしまいます。
にもかかわらず、これ(成年後見人が代わりに考えて、行動すること)を結婚という身分行為にまで当てはめてしまうのは違和感しかありませんよね。あなたも自分の結婚相手は、自分で選びたいと思うでしょう。他人が選んだ人と一緒になっても幸せにはなれません。
ですので、「結婚」については被後見人であっても成年後見人の代理は認められず、本人が自分の考えで行います。もちろん成年後見人の同意も必要ありません。
【成年後見人の役割】
被後見人は判断能力が低下していますので、成年後見人である「あなた」が相手を信用できないと判断した場合は、本当に結婚していいのか、結婚するとどうなるのか、改めて確認するとともに忠告をする必要はあるでしょう。
【ワンポイント】
被後見人の結婚にも、「結婚」の意味を理解できる程度の意思能力が必要とされています。この意思能力(婚姻する意思)について、最高裁判所が次のように判断しています。
「当事者間に真に社会通念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思を理解できているかどうか」
わかったような、わからないような言葉ですね。要するに、あなたのイメージする「夫婦」というものがあると思いますが、結婚をすると、そうなると理解できる程度の意思能力が必要ということです。
成年被後見人の離婚
こちらも結婚と同じで本人の考えが一番「尊重」されなければいけません。そのため被後見人が離婚を望むのであれば、それ(離婚)を認めないわけにはいかないでしょう。
※離婚によって夫婦関係が終わってしまうことを被後見人が理解している必要はあります。
もしも、被後見人が「離婚の意味を理解できない場合」または「離婚に納得できない場合」は話し合いによる離婚(協議離婚)をすることはできません。
このような場合には、その相手方が家庭裁判所へ離婚訴訟を提起することになります。
「被後見人を相手に訴えて、離婚が認められるの?」
まずは、法律が定める離婚原因を見てみましょう。
- 配偶者に不貞な行為があったとき
- 配偶者から悪意で遺棄されたとき
- 配偶者の生死が3年以上明らかでないとき
- 配偶者が高度の精神病にかかり回復の見込みがないとき
- その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき
過去の判例で、夫婦の一方が統合失調症になってしまったケースで離婚を認める判断が下されたことがあります。
夫が妄想型の統合失調症で入院していた事案です。その夫は、入院前から妻に対して暴力を毎日のように振るっていました。そして現在の病状から考えて、仮に退院したとしも妻に暴力を加える可能性が高い状態です。さらに、妻は夫の入院費の支払いのために自身の生活までも困難になっていました。そのような状況では正常な夫婦関係を構築することは期待できないとして離婚を認める審判が下されました。
「じゃあさ、精神病ではなく認知症だと離婚できないってこと?」
認知症でも離婚を認めた判例があります。
妻がアルツハイマー型認知症になった事案です。その妻は自分の家もわからず夜な夜な徘徊をしたり、就寝中に失禁をしたりするようになってしまいました。その症状は日を追うごとに悪くなり、ついには夫を認識することができなくなります。もちろん日常会話もできません。
裁判所は、先ほど紹介した「配偶者が高度の精神病にかかり回復の見込みがないこと」に当たるかは疑問が残るとしながらも、もう妻には長期にわたって夫婦としての協力体制は期待できず、日常生活に大きな支障をきたす程に症状が出ていることから「すでに夫婦関係は破綻(はたん)しているのは明らかである」として、他の離婚原因である
「婚姻を継続し難い重大な事由がある」
と認定し、離婚を認める審判を下しました。
4 成年被後見人の養子縁組と離縁
「もうわかったぞ。どうせできるんでしょ!」
そのとおりです。「養子縁組」も「離縁」もその意味を理解できていれば被後見人であってもすることができます。「養子縁組」とは法律上の親子関係を作ることで、「離縁」とは逆にその親子関係を解消することです。
しかし養子縁組は、結婚ほど一般的ではありませんので「成年後見人」としては本人が本当にその意味を理解しているか念入りに確認はするべきでしょう。
【ワンポイント】
後見人が被後見人を養子とする場合には家庭裁判所の許可が必要になります。一方、後見人が被後見人の養子となる場合は必要ありません。
この許可を必要としている理由は、養子縁組によって法律上の親子関係を作り、後見人の不正な行為をごまかそうとする可能性を防止するためです。
後見人が被後見人の養子となる場合も同じような危険はありますが、なぜか許可を必要としていません。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
成年後見制度を利用するということは、本人の判断能力が低下しているということです。そして判断能力がないということは、さまざまな行為ができなくなるということです。
これは本人の利益を守るための措置ですが、遺言書や結婚、養子縁組などの本人の意思を最大限、尊重しなければいけいない行為については本人が単独で有効に行うこともできます。
成年後見人として本人をサポートするうえで、知っておいて損はないでしょう。