相続放棄と生前贈与を組み合わせてプラスの遺産だけを相続する方法があるって本当?
相続放棄をすると「プラスの財産」も「マイナスの財産」も引き継ぐことはありません。たとえ遺産に次のようなものがあっても相続しなくていいのです。
- 1000万円の借金
- 未払いの「税金」や「治療費」
- 保証人の地位
- 住宅ローン
でもその代わり、
- 預金
- 家や土地
- 車
- 貴金属
などがあっても相続することはできません。これが「相続放棄」です。
「そりゃ、そうだよね」
しかし人間とは欲深い生き物で、「プラスの財産」だけを手に入れて「マイナスの財産」は引き継がない方法はないかと考えます。たとえば、プラスの財産を生前に贈与して、そのうえで相続人は相続放棄をするという方法などがそうでしょう。
「でも、そんなの認められるの?」
そこで、今回はこのような行為が認められるのかを検討してみたいと思います。
1 事例検討|プラスの遺産だけを手に入れることはできるのか?
検討しやすいように具体例を出します。
【登場人物】
父 ・・・被相続人
息子 ・・・父の唯一の相続人
A銀行 ・・・父にお金を貸している銀行
父は個人事業主として車の整備工場を営んでいます。大手メーカーが運営する整備工場が近くにできてしまったことで、父の経営する工場は売り上げが激減しています。
資金繰りに困った父は、A銀行から500万円の融資を受けることにしました。
それからも力の限り経営を軌道に乗せるために努力をつづけましたが、工場の売り上げは伸びません。借りては返しての繰り返しての自転車操業で一向に借金は減りません。
「このままでは息子に借金を残してしまう」
まずいと思った父は、借金のことを息子に打ち明け、今後について相談をします。その結果、父の所有する自宅を今のうちに息子に贈与することにし、さらに父が亡くなったあとは息子が相続放棄をするという計画を立てました。
それから数年後、父が亡くなり息子は「3か月以内」に家庭裁判所へ相続放棄の手続きをし、無事に受理されました。
A銀行は1円も回収することができず、息子は生前贈与によって自宅を手に入れることができました。
2 相続放棄は有効なのか?
息子の相続放棄が認められるのかを検討してみましょう。相続放棄の要件を振り返ります。
【相続放棄の要件】
- 3か月以内に申述する
- 家庭裁判所へ対して行う
- 法定単純承認がないこと
本ケースにおいては「1」と「2」の要件は満たしています。「3」の法定単純承認があるのか検討してみましょう。法定単純承認とは、たとえ「相続の承認」をしていなくても一定の行動をとると「相続をしたものとみなすぞ」というルールです。
具体的には次のような行為が法定単純承認事由です。
- 相続財産を処分したとき
- (相続放棄をせずに)3か月が経過したとき
- 相続放棄をした後でも、実は遺産を隠してあってこっそりと使ってしまったとき
息子が父から贈与を受けた「自宅」は、生前に譲り受けているので遺産(相続財産)ではありません。遺産とは父が亡くなった瞬間に父が持っていた財産のことです。ということは息子は「1」と「3」に該当する行為はしていません。
息子は3か月以内に相続放棄をしているので、「2」にも該当しません。
どうやら息子は法定単純承認の事実もないようです。そうすると「相続放棄の要件」をすべて満たしていることになりますね。ということは息子の相続放棄は認められます。もちろん贈与も有効なので、息子は借金を返さずに自宅を手に入れられそうです。
「なんか、この結論に納得できないんだけど!」
A銀行が取れる手法を、さらに検討してみましょう。
3 相続放棄がダメなら贈与をどうにかできないのか?
相続放棄が認められてしまうと、A銀行は1円も回収できないにもかかわらず息子は借金を払わずに自宅を手に入れることができてしまいます。
「そんなのおかしい」
このような事態にならないように、法律は「詐害行為取消権」という制度を置いています。
ふつうは、借金を返さないと「借主」は財産を取られてしまいます。正確にはその財産をお金に換価してそのお金を回収します。ただ、みんなこれを知っているので、
「だったら取られる前に自分の財産を家族に移してしまおう」
「ずる賢い人」は先を見通して、財産を借金取りの手が届かないところに避難させてしまいます。たとえば奥さんの財産になってしまえば、夫婦であっても債権者(お金を貸している人)はその財産について手出しはできません。
こんなの納得できませんよね。そこで法律は、この「奥さんへの贈与」を取り消すことができる権利を債権者へ与えました。これが「詐害行為取消権」です。
ただ、「もともと有効であった行為」を「取り消すことができる」という協力な権利なので、その行使については「厳格な要件」が定められています。
- 債務者が無資力であること
- 債務者と譲受人のふたりが債権者を害することを知っていたこと
- 債権者が詐害行為の前に債権を取得していたこと
- 財産権を目的とした行為であること
- 債権者の持つ債権が強制執行によって実現できること
一つ一つ本ケースに当てはめて検証してみます。
(1)債務者が無資力であること
無資力というのは1円もお金がないということではありません。借りている借金を返せるだけの資産がない場合を無資力といいます。
父は自宅以外に財産がありません。借金は500万円です。 自宅を贈与してしまうと借金500万円は返せません。
本ケースでは父は無資力で間違いなさそうです。
(2)債務者と譲受人のふたりが債権者を害することを知っていたこと
「債権者を害することを知っていた」こととは「その行為があると債権者は借金を回収するのが難しくなってしまうな」という程度の認識を持っていることです。
財産をもらう側の譲受人にも、この認識をもっていることを要件としていますが、これは取引の安全を守るためです。有効であった取引が、あとになって取り消されてしまったのでは取引の安全が図れません。相手方の事情で一方的に契約を取り消されてしまうとなれば、気軽に取引ができなくなってしまいます。そこで、それを知っていた譲受人のときだけ取り消せることとしました。
本ケースに当てはめると債務者とは「父」で、譲受人とは「息子」のことです。
父と息子は「このままでは借金のカタに自宅を持っていかれてしまう」と考えたので「生前贈与」と「相続放棄」を使って自宅を守ろうとしました。つまり、自宅がなくなるとA銀行が借金を回収するのが難しくなることを「父」と「息子」は知っていたわけですね。
つまり、本ケースおいて「父」と「息子」は自宅の贈与をするA銀行(債権者)を害することを知っています。
(3)債権者が詐害行為の前に債権を取得していたこと
これは、たとえばA銀行が「自宅を贈与されたあと」にお金を貸した場合は取消権を使うことはできません。
それはそうですよね。A銀行は自宅がない父の財産や収入を信用してお金を貸しているので、それで回収が難しくなってもそれは調査不足で自業自得です。
本ケースでは、自宅の贈与をする目にA銀行は父にお金を貸しているのでこの要件も満たしています。
(4)財産権を目的とした行為であること
財産権とは財産に対する権利のことです。経済活動における、ほとんどの行為がこれに当てはまります。
逆にこれに当てはまらない行為として身分行為というものがあります。
たとえば、
- 婚姻
- 離婚
- 養子縁組
- 離縁
- 認知
などが身分行為です。これらの行為は取り消すことができません。これらを債権者が無かったことにできてしまうのは違和感がありますよね。
本ケースで検証してみましょう。取り消しの対象となりそうな行為は「相続放棄」と「贈与」ですね。
「相続放棄」は身分行為とされています。「贈与」は財産権を目的とした行為です。本ケースにおいて「贈与」は取消の対象になります。
(5)債権者の持つ債権が強制執行によって実現できること
A銀行が持つ「500万円の債権」は強制執行で回収することができます。
結論
A銀行は、父が息子にした「自宅の贈与」を詐害行為として取り消すことができます。
4 ほかにA銀行が取りえる方法
「詐害行為取消権」以外にA銀行が500万円を回収する方法はないのでしょうか。じつは他にもあります。
それは「信義則違反」で贈与を無効にするというものです。
信義則違反の行為とは、形式的には「法律上、問題がない行為」でも「社会的に認めるのは相当ではない行為」のことです。
本ケースの贈与を例にとって考えてみましょう。父と息子の贈与は、父が自宅を息子に無償であげるという意思表示をして、息子がこれを受ければ適法に成立します。
贈与の要件としてはすべて満たしています。ここだけを見れば贈与については取消事由はありません。
「でも、なんか納得できないな~」
A銀行は1円も回収できないのに、息子は自宅をもらうことができてしまいました。父も息子もA銀行が損失を受けることを認識しています。法律的には問題なくても、感情的には受け入れることは難しいですよね。
このようなケースでは、父から息子への贈与は信義則に違反するものとして無効とされる可能性があるでしょう。
民法第1条2項
権利の行使及び義務の履行は信義に従い誠実に行わなければならない
まとめ
「生前贈与」と「相続放棄」を組み合わせてプラスの遺産だけを相続する方法としてご紹介させていただきました。
このような方法で「プラスの遺産」だけを相続する方法も形式的には認められますが、後日、覆される可能性は十分にあります。
結局のところズルは許されないということですね。この方法を紹介したのは法律の考え方を覚えてもらいたいと思いご紹介しました。決してズルを手助けするためではありませんので、ご注意ください。