障がいがある方の親にこそ知ってほしい福祉型家族信託【親なき後問題】
障がいのあるお子さんをお持ちの親御さんにとって一番の心配事といえば、
「私が死んだあと、この子はどうなるんだろう」
ではないでしょうか。できれば最後まで自分の手でこどもをサポートしたいと思っている方がほとんどでしょうが、人間には寿命かあり、その寿命は上の世代から尽きていく可能性が高いという現実を変えることはできません。
そこで今回は、障がいを抱えるお子さんを持つ親御さんが亡くなったあとに「どのような問題」が潜んでいて、そして「それを解決するためには、どのような選択肢があるのか」をご紹介したいと思います。
1 親が亡くなった後の問題
サポートする親がいることによってこれまで薄れていた問題点が、親のサポートが途絶えることによって鮮明に浮かび上がってきます。具体的には、
- 住む場所の問題
- 生活資金の問題
です。
【住む場所の問題】
障がいのある方は、親と同居していることが多く、完全に独立して生活を送っている方は少ないという統計があります。
それもそのはず、ひとりで自宅において生活を送るためには、
- 日用品の買い物
- 食事の準備やその片づけ
- 部屋の掃除
- 洗濯
- 電気やガス、水道などの公共料金の支払い
- 服薬しているのであればクスリの管理
などを滞りなく行わなければなりません。
同居している方の大半は、親のサポートがあってはじめて日常生活が成り立っている現実があります。
障がいを抱えている方が一人でこれらの行為を滞りなく行うことは難しく、親のサポートがなくなればそれを埋めるために「障害福祉サービス」などの支援を受けることになるでしょう。
しかし、障害福祉サービスといってもさまざまな内容があり、効果的にサービスを利用するためには本人の健康状態や精神状態を確認しながら適切に選ぶ必要があります。これを障がいを抱えている方がひとり判断することは極めて困難です。
さらに福祉サービスを利用しても自宅での生活が難しい方については、グループホームや施設での生活を検討しなければいけませんが、ここにも問題が潜んでいます。施設の数には限りがあり、本人に適した場所を探すのは大変ということです。
「施設も増えてきていると聞いたけど」
たしかに増えてきていますが、それは経済的に余裕がある方に限った話です。一般的な家庭の経済状況において入れる施設の数は、今でも十分とはいえず、本人に合った施設を探すことは難しくなってきています。
住む場所の問題とは、単に住む家がないという意味ではなく、「自宅で生活を送れるのか」「施設を探したほうがいいのか」「経済的には入れる施設はあるのか」「自宅で生活を送るためにはどのような福祉サービスを利用すべきなのか」といった繊細な判断をしなければいけないことと、この判断が障がいをお持ちの方にとっては、非常に難しいところにあります。
この問題の解決は、これらの選択をサポートしてくれる支援者をどのように見つけていくのが鍵となります。
詳しくは後ほどお話しします。
【生活資金の問題】
私たちの生活には「お金」が欠かせません。物を買うにしても、食事をするにしても、介護サービスを受けるにしても、治療を受けるにしても、クスリを買うにしても、お金がかかります。
「お金」と「私たちの生活」は切っても切り離せないくらい密接に関連しています。障がいのある方も例外ではありません。安心して生活を送るためには、「定期的な収入」と「ある程度まとまった資産」を確保する必要があります。
障がいを抱える方にとっての主な収入源は、
- 勤労所得
- 障害年金
- 生活保護
などが考えられますが、「きょうされん」の調べによれば障害を抱えた方の収入は年200万円以下が90%超で、相対的貧困とされる122万円の貧困線を下回る方が81.6%に及んでいるといいます。
もう少し勤労所得(賃金)を詳しく見てみましょう。障がいのある方の平均賃金(平成29年度)は、
- 就労継続支援A型が 金74,085円
- 就労継続支援B型が 金15,603円
となっています。
A型とB型の違いは雇用契約があるかどうかの違いです。A型が雇用契約を結んでおり、B型は雇用契約をしていません。雇用契約を結んでいるA型のほうが収入は高くなっています。
それでも平成18年度におけるA型の平均賃金が11万円を超えていたことを考えると徐々にその金額が減ってきていることがわかります(A型における平均賃金も平成26年度を境に上昇傾向にあるとはいえ、その戻りも力強くはありません)。
このように障害年金を含めたとしても、その収入は高くないのが現状で、経済面で独立するためにも、収入の援助としてどのような制度があって、それを利用するためにはどのような備えが必要なのかを事前に確認することが大切です。
セーフティーネットである障害年金や生活保護に関しても、状況に応じてこちらから申告しなければ、給付を受けることはできません。待っていても誰も何もしてくれないのです。
そして忘れてはいけないことが、入ってきたお金や財産を適切に管理し、必要に応じて使う必要があるということです。
以前、区役所の職員から次のような相談を受けました。
『知的障害がある方の生活支援についてです。
その人は、給料が入ると数日でそのお金をすべて使ってしまいます。
スマホゲームにはまっていて、自分の貯金額はお構いなしで課金してしまい支払いに困っています。課金とは、現実のお金を使ってゲームのアイテムなどを買うことです。どうすればいいでしょうか』
「知的障がい」や「精神障がい」のある方の中には、手元にあるお金をあるだけ使ってしまう傾向のある人がいます。生活資金の問題とは、収入と財産をどのように確保するのかということに加えて、「その収入と財産をどのように管理するのか」という問題が含まれています。
この「住む場所の問題」と「生活資金の問題」を別の言い方をすれば、
- 身上保護(身上監護または身上看護)
- 財産管理
と言えるでしょう。どこかで聞いた言葉ですね。成年後見制度でおなじみの言葉です。具体的な中身は『【必見】これを読むだけで成年後見人の仕事や役割が9割わかる!』で詳しくご紹介しております。
では問題点が見えてきたところで、ここからは具体例を使いながら解決への糸口をご紹介したいと思います。
2 具体例を使いながら解決策を見つけよう
【 事例 】
(家族構成)
母 : 知的障がいがある長男のことが心配
長男 : 知的障がいがある
二男 : 家族とは一線を引いて自由きままに生きている
三男 : 長男と母のことを気にして心配している
知的障がいを抱える長男の将来を心配している母。長男は生まれつき知的障がいがあり、「物の価値」「サービスの価値」「お金の価値」を正しく認識することができません。ひとりで日常生活を送ることは難しい状況にあります。
仮にスーパーで板チョコを手に取り、店員に「それは1万円になります」と言われれば、そのまま支払ってしまうでしょう。
現在、長男は母のサポートのもと何とか日常生活を送れていますが、その母も今年で74歳になり、あとどれくらいの期間、長男をサポートできるかわかりません。
「私が死んでしまったら、この子はどうなるんだろう」
母としては自分がいなくなったあとの長男のことが心配でなりません。母には亡夫との間に、長男のほかにも、二男と三男がいます。「二男」は20年前に家を出てからは自由きままに生活を送っており、実家には2、3年に一度、顔を出すだけで、長男に対するサポートは期待できません。
「三男」は亡父から引き継いだ車の整備工場を経営しながら、(母と長男が生活する)実家から徒歩15分ほど離れた場所に妻と二人で暮らしています。
母の財産は、「自宅(土地・建物)」と「預貯金」です。
【 母の願い 】
- 長男がこれからも安心して生活が送れるようにしたい。
- 自分が元気なうちは自分で長男のサポートをしてあげたい。
- 自分が亡くなったら、長男に全財産を相続させ、その長男が亡くなったら、長男の世話をしてくれた人へ譲りたい。そしてできればその世話を三男に託したい。
【 課題 】
- 母が死んだあとも、長男がこれまでと同じように生活を送るためには何をすればいいのか?
本事例において、母が取れる選択肢を考えてみましょう。長男は働くことも難しく生活をするだけの財産を確保する必要があります。そして、その財産を管理する能力がないため、誰かが代わりに管理するしかありません。
母が何もしないまま亡くなってしまうと遺産は子供たち全員の共有になってしまい、遺産を長男に集中させることはできず、さらに兄弟の仲かに万が一亀裂でも入れば「長男が生活を送る自宅」を売却しなければいけない事態になるかもしれません。
それを避け、長男に財産を集中させ、その財産を長男に変わって管理する手段を探す必要があります。これが実現できる選択肢を考えてみましょう。次の制度がその代表格です。
- 成年後見制度
- 遺言書(条件付き)
- 家族信託
一つ一つ詳しく見てみましょう。
成年後見制度
まず「母」は、長男のために自身の財産のすべてを「長男に相続させる」との内容の遺言書を作ります。
そして併せて母が元気なうちに、長男のために成年後見の申し立てを行います。成年後見人には「母」と「三男」が共同で就きます。
母が元気なうちは、母がメインで長男のサポートにあたり、母が認知症になった場合や、母が亡くなった場合は三男が単独で長男のサポートに当たります。
【問題点】
この方法なら母が希望していた、自分が元気なうちは自らが長男をサポートし、自分が亡くなったあとは遺産を長男に集中させることができ、そしてその財産は三男が長男に代わって管理することになります。
まさに母が望んでいた形です。「長男側」から見れば、隙のない素晴らしい仕組みにも見えます。しかし、「三男の側」から見ればどうでしょう。三男にしてみればこのスキーム(枠組み)は負担でしかなくメリットがありません。
母もそれを心配し、長男が亡くなったあとは自分の財産を長男の面倒をみてくれた三男に渡したいと考えていました。しかしここに問題があります。
この方法では「長男に渡った遺産」をそのあとに三男がすべてを引き継がせることは法的には難しく、法定相続分に応じて二男と三男で分けるしかありません。
たとえ母が遺言書に「遺産を長男に相続させ、その後、長男が亡くなったあとは三男がその遺産を相続する」と書いても、二次相続(長男の相続)については何の効果もありません。
遺言書(条件付き)
遺言書といっても、遺産をタダであげるわけではなく、一定の条件のもとで渡します。
このように遺産を受け取るためには条件をクリアーしないといけない遺言書を「負担付遺贈」ともいいます。「不動産をあげる。その代わりこれをしてね」といった感じで定めます。本事例に当てはめると、
第1条 遺言者の有する下記の財産を三男に相続させる。
(詳しい財産の表示は省略)
第2条 三男は前条の財産を相続することの負担として、長男が死亡するまで、同人を本相続において取得した不動産に無償にて居住させ、生活費として月〇万円を毎月末日限り長男に持参して支払い、同人が平穏で安心して生活が送れるように扶養するものとする。
といった要領で書きます。この文言は各ご家庭の事情によって異なりますので、状況に応じて変わってきます。本やネットの文言の丸写しは止めましょう。
母が生きている間は、母が長男の生活をこれまでと同じようにサポートします。母が亡くなったあとは、三男がこの遺言書に従い遺産を受け取る代わりに長男の面倒を看ます。
【問題点】
遺言書は母の考えだけで書くことができる反面、三男は負担付き遺贈を断ることができます。
また、三男が長男のサポートをしっかりと果たしているかのチェックをする機能が乏しく実効性が確保できないといったデメリットもあります。
そして、この方法だと母の遺産は三男の固有の財産になってしまうため、もしも三男が整備工場の経営に失敗し破産をしてしまうと、遺産も含めてすべての財産を失うことになり、長男の扶養も期待できなくなってしまうことです。
家族信託
母と三男が、「平穏で安定した生活を長男が送れること」を目的として信託を行います。
- 委託者 : 母
- 受託者 : 三男
- 受益者 : 母・母の死亡後は長男
そして、信託が終了したときの信託財産の「受取人(帰属権利者)」を三男と定めます。
母か生きている間は、母が信託財産から生活費を受け取りながら長男をサポートします。母が亡くなったあとは、長男が直接、信託財産から生活費を受け取ります。
信託をすると財産は三男に移りますが、「負担付遺贈」とは違い、三男が破産したとしても信託財産が奪われることはありません。これを信託における「倒産隔離機能」と呼びます。
【問題点】
家族信託には成年後見制度における身上保護に相当するサポートの機能がありません。身上保護とは、福祉サービスの契約をしたり、要介護申請や年金事務所への申請をしたりする権限です。
この権限は、長男か安心して生活を送るためには必要不可欠なサポートです。これが欠けるということは、長男のサポートとしては不十分と言わざるを得ないでしょう。
3 解決方法はズバリこれ!
母の願いである、長男が安心して生活を送れる環境を整えるためには、
- 「成年後見」と「家族信託」
を組み合わせて利用するのがいいでしょう。
家族信託は、特定の財産にフォーカスすれば当事者の想いのまま柔軟に設計することができるメリットがある反面、身上保護のサポートができないことや、財産管理についても包括的にサポートすることができないといった短所があります。
一方、成年後見制度は財産管理について現状維持が原則で融通がきかないといった短所がありますが、身上保護のサポートが充実しており、かつ財産管理についても包括的にサポートすることができるというメリットがあります。
お互いの短所を補い、母の想い叶えるためには「家族信託」と「成年後見制度」を併せて利用するといいでしょう。
もうひとつの選択肢としては「遺言書」と「成年後見制度」の合わせ技も有効でしょう。
これは成年後見の個所でも指摘したとり、三男にとってのメリットが少ない(またはない)欠点があります。そのため三男とよく話し合って、三男の納得が得られれば選択肢として考えてもいいのではないでしょうか。
まとめ
親なき後の問題とは、答えが出しにくい難問ではありますが、必ずその時はやってきてしまいます。
その時に問題になる「住む場所の問題」と「生活資金の確保」を考え、この問題を解決するために自分たちにはどの選択肢がいいのか、そしてその選択肢を選ぶためにはどんな準備をしなければいけないのかを考えていきましょう。
この記事でご紹介した方法は、ひとつの解決策にすぎません。あなたに合った解決方法を自らと改めて向かい合って探していただけたら幸いです。