【成年後見人の報酬にメスが】ここから見えた成年後見の問題点と在り方
成年後見人の報酬に対する算定方法が見直されることになりました。後見人の報酬は、一年間の「後見人の業務」に応じて家庭裁判所が決定しています。
しかし、実際は「後見人のサポート内容」ではなく「本人の資産額」によって報酬額が決まっていました。どんなに成年後見人のサポート(後見事務)が大変だったとしても資産が少なければ、その報酬も低くなり、どんなに後見事務が楽だったとしても資産が多ければ、その報酬は高くなります。
そしてこれまでの(報酬)算定は、成年後見人の業務である「財産管理」を重要視し、もう一つの業務である「身上保護」について軽視されている傾向がありました。
これらの点について、「利用者側」からも不満の声があがっています。2025年には認知症高齢者が700万人に達すると言われ、成年後見制度の普及は待ったなしの状況です。最高裁判所もこの声を重く受け止め、成年後見制度のあり方の見直しに迫られ、報酬算定の改定に至ったのです。
そこで、今回はここから読み取れる成年後見制度の「問題点」と「あり方」について解説したいと思います。
1 「財産管理」と「身上保護」の関係|成年後見の問題点
「成年後見制度」とは、判断能力が十分ではない人(以下、本人という)に対し成年後見人という支援者をつけ、本人がこれまでと同じように生活が送れるように二人三脚でサポートしていくことです。
成年後見人の仕事としては、
- 財産管理
- 身上保護
の「ふたつ」があります。
この点については『【必見】これを読むだけで成年後年人の仕事や役割が9割わかる』で詳しくご紹介しています。
かんたんに説明すると、
【財産管理】
- 銀行預金の入金や出金
- 年金や給与などの収入の管理
- 税金や保険料などの支出の管理
- 相続に伴う相続登記や預金の払い戻し
- 自宅や通帳、印鑑などの保管や管理
- 不動産を売ったり、買ったりといった処分行為
【身上保護】
- 住居に関すること
自宅で生活するのか、施設に入ったほうがいいのかの判断やその支払い - 生活や介護に関すること
介護保険の利用・介護サービスの依頼やその支払い - 施設への入所に関すること
特別養護老人ホームや有料老人ホームとの入所契約やその支払い - その他
定期的に本人とお会いし、健康面のチェック
このような役割が成年後見人にはあります。そして、この「財産管理」と「身上保護」は密接に関連しており、いずれかが欠けてもうまく機能しません。
わかりやすいように例を出してお話します。
A(68歳・女性)さんは一人で自宅において生活を送っていました。週に3回、デイサービスを利用しています。
デイサービスは、午前9時ごろに迎えに来てくれ、午後5時ごろには自宅まで送ってくれます。
Aさんは保佐人がついているとはいえ、日常生活は支援者の協力もあり一人で問題なく送ることができていました。
しかし、そんなある日、残業をしていたデイサービスの職員が、Aさんを発見します。もう夜の9時になろうとしている時間です。
「迎えが遅れているようだから歩いてきました」
正しく時間を認識できなくなっているようです。
それからAさんが「夜な夜な徘徊をしていること」がわかりました。夜に出歩いて事故にでもあったら大変だと考えた保佐人は、老人ホームに入ってもらうことを決断しました。
Aさんの収入は、月に8万円の年金が入るだけです。貯金も多くありません。
そこで保佐人は、自宅を売却し、その代金で老人ホームの支払いにあてようと考え、行動に移します。その3か月後に不動産が売れ、無事に老人ホームと入所の契約をすることができました。
この一連の行動のなかに「財産管理」と「身上保護」の要素が含まれています。
- デイサービスの職員と連絡を取り合い、徘徊している事実を把握する。
- 認知症の進行を疑う。
- 自宅で一人で生活することは危険と隣り合わせ。施設入所を検討する。
- 収入と財産状況を照らし合わせて、老人ホームに入るのは現状では難しいと判断する。
- 自宅を売却をしてその代金を施設の契約費と月々の支払いに充てる計画を立てる。
- デイサービスの支払いのための預金の管理
- (老人ホームに入所するために)自宅を売却
- 自宅売却のための媒介契約
- 自宅の引き渡し・売買代金の受領
この2つは密接に絡み合っていて、どちらかが欠けてもAさんの生活は成り立ちません。にもかかわらず、家庭裁判所はこれまで成年後見人の業務は「財産管理」ばかりを重要視し、「身上保護」はあまり考慮されていませんでした。これが現在の成年後見制度の問題点です。
本人が、これまでと同じように安心した生活が送れるようサポートするためには「身上保護」の重要性は言うまでもありません。裁判所もその点を重く受け止め、改定後の報酬算定では成年後見人がどれだけ身上保護に貢献したのかも今後の評価に加えていく方針を示しています。
2 成年後見人の報酬改定の問題点
これからの成年後見人の報酬は、実際に行った「業務の量」や「難易度」によって金額を算定する方針に改め、これまでは考慮されにくかった本人が安心して生活を送れるようにサポートする「身上保護」の要素も考慮して評価すべきだと裁判所が考えを示したことは説明したとおりです。
この新しい方針では、成年後見人の貢献度によって報酬額が決まり「まわりの人たちの納得感が得られ」、また、これまで高いの報酬を支払っていた何千万もの預金がある「お金持ちの負担が減る」といったメリットがあります。
しかし、実際に成年後見人のサポートが難しいのは、「収入」も「資産」も少ない日常生活すらきびしい方の場合です。現在も低所得者の中には成年後見人の報酬が支払うことができず、無報酬で成年後見人が業務にあたっているケースも少なくありません。
新しい報酬の算定基準では、裁判所の出した報酬額を受け取れることができずに、「成年後見人を引き受けてくれる人が減少し、制度を利用したくても利用できない方が増えるのではないか」という懸念が出ています。
3 診断書の改定から見える「成年後見人」に求められていること
2019年4月1日から成年後見手続きに使う「診断書」の書式が変わりました。
一番の大きな変更点は「判定の根拠」です。成年後見制度には「成年後見」「保佐」「補助」の3つのパターン(これを「類型(るいけい)」といいます)があると『【初心者向け】成年後見制度が3分でわかる!』で説明をしました。
この判定の根拠というのは、診断書を書いた医師が「なぜその類型と考えたのか」を裁判所へ伝える大切な項目です。
これまでは、その類型だと考えた理由(判定の根拠)は自由記載で、診断をした医師によってマチマチでした。しかし、これからは「判定の根拠」を次の5項目に分け、それぞれ医師の見立てを書くことになります。
- 見当識の障害の有無
- 他人との意思疎通の障害の有無
- 理解力・判断力の障害の有無
- 記憶力の障害の有無
- その他(上記以外にも判断能力に関して判定の根拠となる事項等があれば記載してください)
しかし一番重要な変更点はここではありません。私が一番注目してほしいポイントは次の文言の違いです。成年後見制度に対する家庭裁判所の考え方が変わっていることが読み取れます。
【(旧)診断書の記載】
□ 自己の財産を管理・処分することができない。
□ 自己の財産を管理・処分するには,常に援助が必要である。
□ 自己の財産を管理・処分するには,援助が必要な場合がある。
□ 自己の財産を単独で管理・処分することができる。
【(新)診断書の記載】
□ 契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することができる。
□ 支援を受けなければ、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することが難しい場合がある。
□ 支援を受けなければ、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することができない。
□ 支援を受けても、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することができない。
これまでの記載は「財産を管理できるかどうか」でしたが、新しい書式では「契約等の意味を理解できるかどうか」に変更されています。
「言葉が少し変わったけど、内容は大して変わってないじゃん」
誤解です。中身が全然、違います。
通帳や印鑑、不動産などの管理です。文字通りの「財産管理」についての記載です。
- 老人ホームの入所(契約)
ー自宅で生活を続けることがいいのか、施設でサポートを受けたほうがいいのかという価値判断が含まれています。 - デイサービスや訪問介護の依頼(契約)
ー自宅で、ひとりでお風呂に入るのは危険だから介護サービスを利用したほうがいいのか。
ー足腰が衰えてきた。リハビリを定期的に行ったほうがいい。でもひとりだと危なない。だったら介護サービスを利用したほうがいいのか。
⇒「契約等」という言葉には、このような価値判断が含まれています。
この文言の変更の意味合いがご理解いただけたのではないでしょうか。改定後の診断書からも家庭裁判所が「身上保護」に重きを置いていることがわかります。
参考までに改定後の診断書をご紹介します。
診断書(表面)
1 氏名 男・女
月 日生( 歳)
住所
2 医学的診断
診断名(※判断能力に影響するものを記載してください。)
所見(現病歴,現在症,重症度,現在の精神状態と関連する既往症・合併症など)
各種検査
長谷川式認知症スケール (□ 点( 年 月 日実施)□実施不可)
MMSE (□ 点( 年 月 日実施)□実施不可)
脳の萎縮または損傷の有無
□ あり ⇒(□ 部分的にみられる □ 全体的にみられる □ 著しい □ 実施不可)
□ なし
知能検査
その他
短期間内に回復する可能性
□ 回復する可能性は高い □ 回復する可能性は低い □ 分からない
(特記事項)
3 判断能力についての意見
□ 契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することができる。
□ 支援を受けなければ、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することが難しい場合がある。
□ 支援を受けなければ、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することができない。
□ 支援を受けても、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することができない。
(意見)※慎重な検討を要する事情等があれば、記載してください。
判定の根拠 (裏面)
(1)見当識の障害の有無
□ あり ⇒(□まれに障害がみられる □障害がみられるときが多い □障害が高度)
□ なし
[ ]
(2)他人との意思疎通の障害の有無
□ あり ⇒(□意思疎通ができないときもある □意思疎通ができないときが多い
□意思疎通ができない)
□ なし
[ ]
(3)理解力・判断能力の有無
□ あり ⇒(□問題はあるが程度は軽い □問題があり程度は重い □問題が顕著)
□ なし
[ ]
(4)記憶力の障害の有無
□ あり ⇒(□問題はあるが程度は軽い □問題があり程度は重い □問題が顕著)
□ なし
[ ]
(5)その他(※上記以外にも判断能力に関して判定の根拠となる事項等があれば記載してください)
[ ]
参考となる事項(本人の心身の状態、日常的・社会的な生活状況等)
※ 「本人情報シート」の提供を □受けた □受けなかった
(受けた場合には、その考慮の有無、考慮した事項等についても記載してください。)
まとめ
いかがでしたでしょうか。
これまでは成年後見人の活動は「財産管理」に重きが置かれ、「身上保護」のサポートは軽視されている節がありました。この点については、利用者からも不満の声が挙がっておりました。
そこで、裁判所もこれまでの「財産管理」重視の考えを改め、「身上保護」のサポートを重要視していく方針を示しています。
成年後見人の仕事は「財産管理」と「身上保護」のふたつの役割があり、そしてこのふたつは密接に関わりあっています。どちらかが欠けても本人のサポートはできません。