いい事ばかりに思える複数の成年後見人によるサポートの問題点やデメリット
成年後見制度と聞くと次のように思う方が多いのではないでしょうか。
- 「本人ひとり」に対して「成年後見人ひとり」がサポートする
これが一番多い形態であることは間違いありませんが、このパターンだけではありません。
成年後見の相談を多く受けていると、
『身の回りに関する身上保護は「自分(家族)」が担当し、財産管理だけを司法書士にお願いしたい』
という要望をお持ちの方が一定数います。このような複数人体制で本人をサポートすることも理論上はできます。
「本人のことをよく理解している家族」と「法律や後見業務に精通している司法書士」が協力してサポートすることによって多角的な支援が期待できるといったメリットがあります。
『いい事ばかりに思える複数人体制での後見サポート』
しかし、メリットとともにマイナス面もあわせ持っています。
そこで、今回は「複数の成年後見人」を選任した際の「問題点」や「デメリット」についてご紹介したいと思います。
目次
1 複数後見人の根拠
成年後見人は通常「本人ひとり」につき「後見人ひとり」が選ばれますが、すでにご説明したとおり数人を選ぶこともできます。
複数の後見人の知識や、その人独自の経験をあわせることによって充実したサポートが期待できます。本人の利益になるのであれば、複数の後見人を否定する理由はありません。
民法843条3項
成年後見人が選任されている場合においても、家庭裁判所は、必要があると認めるときは、前項に規定する者若しくは成年後見人の請求により、又は職権で、更に成年後見人を選任することができる。
このルールは、はじめから複数の成年後見人を選任する場合ではなく、「すでに後見人がひとり付いている場合において必要があれば、さらに後見人を追加することができる」と定めているものです。
追加が認められていることから、最初から複数の後見人を選任することもできると考えられています。
同じように保佐人も補助人も複数人を選任することができます。
2 複数後見人の各権限
複数の成年後見人がいても、各後見人は「自分ひとりの判断」で後見事務を行うことができます。他の後見人の同意も承諾も必要ありません。
例えば、被後見人(本人)が自宅での生活が難しくなり、老人ホームに入所することになったとします。成年後見人は「A」と「B」のふたりです。
後見人Aがいたとしても後見人Bは「ひとり」で施設と入所契約をすることができます。後見人Aの同意がなくても、あとで取り消されることはありません。
しかし、これには後見事務を遂行するうえで大きな問題が潜んでいます。それは後見人同士で足を引っ張りあってしまう可能性があるということです。
どういうことかというと、たとえば後見人Aは、あるゴールを設定して「右にかじ」を切りました。後見人Bも(Aとは別の)あるゴールを設定して「左にかじ」を切ろうと考えています。
後見人のふたりが違う方向に向かって歩き出すと、本人のケアプランは悲惨な結果になってしまいます。『船頭多くして船山に登る』といった感じですね。
本人の利益を守るための成年後見制度が、逆に本人の不利益になってしまうことも考えられるのです。
そこで、家庭裁判所は「複数後見人の必要性」と「本人の利益」の調整を図るために次のような定めをすることができます。
- 成年後見人の権利を共同して行使すること
- 成年後見人の権利を分掌して行使すること
2.1 「成年後見人の権利を共同して行使すること」とは?
各後見人はひとりで自由に契約などの後見事務を行えることが原則ですが、「共同行使の審判」がでると、「後見人みんなの意見が一致しないかぎり」権利を行使することができなくなります。
本人(被後見人)の持っている不動産を売却する場合で考えてみましょう。後見人はAとBのふたりです。
この売買契約が有効に成立するためには、後見人Aと後見人Bがふたりで足並みをそろえて「ふたり」で契約をすることになります。どちらかが反対すれば不動産を売却することはできません。
これが、後見人の権利を「共同して行使すること」と家庭裁判所により定められた場合の効果です。
2.2 「成年後見人の権利を分掌して行使すること」とは?
これは冒頭で紹介したパターンです。財産管理を司法書士の後見人が担当し、身上保護については親族が担うケースです。
例えば、財産管理を司法書士Aが、身上保護を長女Bが担当しているとして、長女Bが介護費用を払うために銀行にお金を引き出しに行くことになったとします。この銀行預金は本人名義のものです。
5万円を本人の預金から引き出したいのですが。
長女
審判書か登記事項証明書はありますか?
銀行員
長女は登記事項証明書を銀行員に提出します。銀行員は内容に目を通ります。
申し訳ありませんが、お金を引き出すことはできません
銀行員
このように後見人の権限が分掌されていると、長女Bには銀行取引をする権利が与えられていないので、お金を引き出すことはできません。
預金の引き出しは財産管理に当たりますので、その権限を持っている司法書士Aだけがすることができます。逆に身上保護は司法書士Aはすることができません。身上保護について後見事務を行えるのは長女Bだけということになります。
これが、後見人の権利を「分掌して行使すること」と家庭裁判所で定められた場合の効果です。
3 複数後見人の注意点・デメリット
複数の後見人が選ばれた場合の権利行使は、次の3つのパターンがあるとご紹介しました。
- 各後見人が単独で(すべての権限を)行使できる
- 後見人全員で共同して権限を行使する
- 権限を分掌したうえで、それぞれ権限を各後見人が行使する
後見人が複数人いることによって相乗効果で、より手厚いサポートが期待できる一方、複数の後見人の意見が一致せずに後見事務がストップしてしまう危険があることを軽く触れました。
ここからは、それぞれのパターンに起こりえる問題点を見ていきましょう。
(1)各後見人が単独で行使できる場合の問題点
複数の後見人が単独で権利を行使できるため、各後見人が違う方向に向かって進み、本人を置いてきぼりにし、本人に不利益を与えてしまうことがあります。
例えば、(本人の生活について)ひとりの後見人は施設での生活が良いと考え、もうひとりの後見人は慣れ親しんだ自宅で生活したほうが良いと考えました。
「施設で生活する」のと「自宅で生活する」のでは、そのあとのケアプランがまったく違ってきます。
各後見人がバラバラに行動することによって、資金計画も大きく狂い、必要な介護サービスを受けられないといった事態も考えられます。
(2)後見人が全員で共同して行使する
(1)と違い後見人全員の意見の一致が必要なので、それぞれの後見人が違う方法に進んでしまうといったことはありません。
しかし、各後見人の間で意見の対立があると一歩も前に進むことができないといったデメリットがあります。
後見事務には緊急性が求められることが多く、悠長に話し合っている時間がないケースも少なくありません。
後見人たちの意見が一致しない間は後見事務がストップしてしまい、その間、本人は必要なサポートが受けられず不利益を受ける可能性があります。
(3)権限を分掌したうえで、それぞれの後見人が行使する
他のふたつと違い、各後見人の経験や知見が活かされ、相乗効果が期待できそうな方法に思えます。
しかし、この形態にも問題が潜んでいます。
たとえば、後見人の権限が「財産管理」と「身上保護」に分けられたとして考えてみます。
身上保護を任された後見人が本人に合った介護サービスと施設を決めました。
しかし、財産管理を担当している後見人は本人の資産状況からその介護サービスと施設は身の丈に合っておらず了承できないと言っています。
そうすると、せっかくのケアプランも絵に描いた餅に終わり、本人の後見事務は滞ってしまうといった危険があります。
このように複数の後見人を選任することは、後見事務の停滞につながる可能性があり、安易に認めるべきではありません。
そこで、冒頭で紹介した条文にあったように『必要があるとき』だけ認める運用になっています。
では、どのような場合に複数後見が活用されるのか詳しく見ていきましょう。
4 どのようなケースで複数の後見人が必要になるのか?
成年後見人はひとりが原則ですが、「必要があるとき」は複数の後見人を選ぶことができます。ここでいう「必要があるとき」とはどのようなケースか考えてみましょう。
【ケース1】
本人は、東京の自宅でひとり暮らしをしています。
その本人は京都生まれで、親から相続した財産が京都にもあります。
京都にある財産を適切に管理するために、京都でも後見人を選んだほうがいいケースでは複数の後見人が選ばれることもあるでしょう。
【ケース2】
本人は、東京都世田谷区にある自宅で長女と一緒に生活をしています。
最近、物忘れが多く、長女のこともわからなくなるときがあります。
長女としては、本人に成年後見の申し立てをし、自分が後見人になりサポートしたいと考えています。
しかし、これまで長女は「自分のお金」と「本人のお金」を区別せずに、本人のお金で自分の服やバックを買っていました。
それを、他の兄弟はよく思っておらず、不信感すら持っています。
このようなケースでは「身上保護」を同居している長女が担い、「財産管理」は中立的な立場である専門職後見人を選び、複数の後見人でサポートするのも一案でしょう。
【ケース3】
長女が後見人として選任されています。長女ひとりで本人をサポートしています。
これまで本人は自宅で生活を送っていましたが、足腰が悪くなり施設に入ることを検討しています。施設の入居金や毎月の料金を払うために自宅を売却したいと考えています。
このような居住用不動産の売却は、家庭裁判所の許可を受け、適切な売却先を探さなければいけません。
このようなケースでは専門職後見人を追加で選任し、その専門職後見人が売却をサポートすることがあります。
【ケース4】
判断能力のなくなった本人の家族は、高齢の母親しかいません。本人が40歳で、母が66歳です。
母もいつまで元気でサポートできるかわかりません。母が後見人に選ばれ、その母が本人よりも先に亡くなれば後見事務が滞ってしまいます。
このようなケースでは、後見事務の空白を作らないために母と専門家の後見人をセット選任することが考えられます。
【ケース5】
本人には、たくさんの資産があります。自宅・アパート・株式・有価証券・預貯金など。
しかし面倒を看てくれる親族がいません。
本人としては慣れ親しんだ自宅で生活をすることを望んでいます。しかし、判断能力が下がり、足腰が弱ってきている状態では高度な福祉判断が求められます。
このような場合では、財産管理に法律の専門家、身上保護に福祉の専門家をそれぞれ選ぶことが適切なこともあります。
5 まとめ
複数の後見人を選任することによって各後見人の持っている知識や経験を活かし、本人に手厚いサポートをすることができます。
しかし、複数の後見人を選ぶことによって逆に後見事務が滞り本人に不利益を与えてしまう可能性が潜んでいることを忘れないでください。
ここで紹介した問題点やデメリットを理解し、バランスよく成年後見制度を使いましょう。